不動産M&A

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●「不動産M&A」とは、不動産の取得を目的とする買主との間で、「不動産売買」ではなく「会社売買(=株式売買)」をするもので、税務上のメリットを享受しようとするものである。

●不動産M&Aで不動産を売却するのは、通常、非上場の中小企業であり、古くから土地を保有し帳簿価格が低い、簿外債務・訴訟リスクなど隠れた債務がないなど、対象となるためのいくつかの条件が考えられる。

1. 不動産M&Aとは

M&Aとは、一般には、自社にない経営資源を取得するためや、自社の事業との相乗効果を上げることを目的として企業の買収(会社売買)や合併をすることをいうが、不動産M&Aとは、これとは異なり、不動産を所有する法人が事業をやめるなどの理由で不動産を処分する場合に、不動産の取得を目的とする買主との間で、「不動産売買」ではなく、「会社売買(=株式売買)」とすることで、税務上のメリットを享受しようとするものである。このしくみを活用すると、売主のみならず買主にも利益をもたらす。不動産M&Aを活用して不動産を売却する対象企業は、通常は非上場の中小企業である。

2. 不動産M&Aのしくみ

不動産を所有している企業が、なんらかの事情で会社を整理する場合、二つの方法がある。(A)不動産そのものを売却する方法と、(B)会社の株式を売却する方法である。

(次ページの図を参照。なお、税率は復興特別税は省略。)

不動産の売却を選択した場合、その利益に対して約40%の法人税等が課税され、残りを株式を所有する経営者や役員個人に配当や給与等で分配すると、個人には所得税等が最高50%がかかるため手取りは約30%になる。

一方、会社の株式の売却を選択した場合は、株式売却益に対して、非上場会社の場合の税金は20%(所得税15%、住民税5%)の分離課税のため、株式を所有する経営者等の手取りは80%となり不動産売却よりはるかに有利になる。不動産M&Aは、この株式売買の有利さに着目して、節税目的の為に不動産売買の代りに会社売買をすることをいう。

売主は、不動産M&Aにより株式を売却すると、不動産を売却する場合より手取り額は圧倒的に多くなる。従って、値下げ交渉は十分可能となる。(例えば、40%値下げして株式を売却しても手取り額は多い。図のケースでみると、40%値下げして6億円で株式を売却した手取額は4.8億円になるが、これは、10億円で不動産を売却した手取額3億円よりも60%多い。)

一方、買主側にとっては、不動産そのものを取得するのが目的なので、不動産売買の方が面倒がなく、会社ごと買収するとなるとリスクもあるので気は進まないが、会社売買の方が、相場よりもかなり安く購入できるということになれば話が違ってくる。会社の状況を調べた上で、問題なければ、当然、会社売買の方を選択することになる。また、相場より20%、30%安く取引が出来るとなると、間に立つコンサルタントとしては話をまとめやすい。

「不動産M&Aの主な買主は、ディベロッパーや、個人や法人の投資家・投資会社などだが、こうした買主は、株式取得後この不動産を活用することになるが、取得後は、不動産を購入した場合となんら変わらない。例えば、この土地にマンションを建ててマンション分譲する場合は、この会社を吸収合併して株式を土地に変えればよく、この会社を子会社にして、この会社名義のままで賃貸ビルを建てて収益物件とし、その利益を配当として受け取ることもできる。また、後日、親会社が資金が必要になった場合、この子会社を、逆に不動産M&Aを活用して第三者に売却することも可能。

3.不動産M&Aの対象となる中小企業

(1) 古くから土地を所有していて帳簿価格が低い企業

・老舗の店が、経営不振で店を閉める。

― 不景気や大手チェーン店の進出などにより経営不振になり、事業の継続に見切りをつけるケースが増えている。

・経営者が老齢になったが後継者がいない等。

― 子供がいないなどの理由もあるが、後継者が事業を継続する意思がない理由も多い。

(2) 財産が不動産だけで複雑でない企業

棚卸資産や商品その他がある場合は、あらかじめ処分しておくことで対応することでもよい。

(3) 一族会社で、経営方針を巡っての対立や、統一的な意思決定が出来ない企業

不動産M&Aのケースとしては最も多い。その理由としては、日本の中小企業の場合、ほとんどがオーナー企業だが、その多くが、相続税対策のために不動産などの資産を会社名義にしている。この方法は、相続財産維持や相続税節税等の対策には、確かに有効だが、宿命的な問題を抱えてしまう。つまり、2代目、3代目と相続が起きるたびに株主の数が増えてしまうことである。しかも、役員全てが一族のため、会社の方針を巡って対立が生じると調整がつかなくなり、会社を売却して別々に事業をするという手段でしか解決できなくなってしまうケースも多い。

(4) 好立地だが、経営状況が思わしくない企業

不動産M&Aの対象は不動産そのものなので、立地が良ければ、会社の経営状況は債務超過といった状況にない限り問題ない。

(5) 無借金か借入金が少ない企業

借入金がある場合、会社売却前に完済しておくことが求められるが、買主が同意すれば、借入金があっても買主の購入代金で借入金を返済することも可能。不動産の売買の場合と同様である。

(6) 訴訟リスクなど隠れた債務が無い企業

買主にとっては、これが会社売買の最大の問題である。例えば、以下のような点をチェックする必要がある。

・簿外債務 ― 帳簿に記載のない債務や粉飾決算はないか。

・連帯保証債務 ― 会社が連帯保証人になっていないか。

・税務問題 ― 買収後、税務調査を受けて申告漏れを指摘される恐れはないか。

・訴訟問題 ― 買収後、会社が第三者から訴えられるようなトラブルを抱えていないか。

(7) 労使関係の心配がない企業

従業員には基本的に退職して貰うしかないので、労使トラブルが発生すると会社を売却できなくなる。従って、従業員の数があまり多い企業は不動産M&Aに適さない。逆に、経営者の親族以外に従業員がいないといった企業は、不動産M&Aには理想的である。

(8) その他

A・不動産や株式などの投資の赤字が本業の収益を圧迫している企業

B・建物が老朽化し、大規模修繕や建替えを迫られている企業

C・本業の事務所や作業場が遊休地化している企業等

4.不動産M&Aにおける留意点

(1) デューデリジェンスの実施

売主や売主の税理士等から必要な情報は確認するが、その上で、隠れた債務もあるため、必ずデューデリジェンスを実施する。なお、デューデリジェンスの費用は、当然買主が負担することになる。

<主な調査項目>

・財務チェック ― 財務・会計関係の調査、税務関係調査

・法務チェック」 ― 訴訟リスク調査、連帯債務調査

・営業状況チェック ― 取引先調査、債権債務・リース契約調査

不動産チェック ― 物件調査、法的調査、経済的調査

(2) 株主総会による必要事項の議決

株式の売買なので、売主側での株主総会での株式譲渡の決議が必要になる。

(3) リスクヘッジ

契約後のトラブルへの対応である。

不動産売買と違い、会社売買の場合には、取引後買収した会社に予想しない問題が発生する可能性がある。そのため、万一の場合に備えて、株式売買金額の一部、例えば、10%程度を一定期間金融機関等に預託しておく、という手立てを講じておくことも必要。